2018年5月22日火曜日

改葬 5

私の実家の墓を掘り起こす作業にはひとりの従兄が私と一緒に立ち会ってくれた。このことは既に書いた。私がこの従兄に立ち会いを依頼したのは、作業開始日、私が朝早く墓地に行けないためであった。その日の始発便で東京を発っても、高知の実家に着くのは早くとも午前11時になった。朝9時前に実家に着かなければ、作業開始時に作業員の方々に挨拶したり墓地の説明をすることができなかった。

墓を掘り起こす作業は、土曜日と日曜日に行った。正確な日は憶えていないが、2014年の1月ではなかったかと思う。その従兄は嫌がらずに立ち会いを引き受けてくれた。昼前に私が実家の裏山の墓地に駆けつけると、既に作業はかなり進展していた。実に手際がよかった。

私は、この作業を行う前日、墓を掘り起こすことをもうひとりの従姉に電話で連絡した。その従姉は、東京に墓地を移転するようにと進言してくれた、父親の兄の長女であった。彼女は別の予定が入っているのでその作業には立ち会えないと言った。私は、内心、安堵した。墓を掘り起こす作業に立ち会うことは決して愉快なことではない。私は國弘家の嫡男であるから私が立ち会うのは当然のことであろう。しかしたとえ親戚といえど他家の者が墓を掘り起こす作業に立ち会う義務はない。私が彼女に電話を入れたのは、墓の移転を勧めてくれた彼女に進捗状況を知らせるのが礼儀だと思ったからだけであった。私は「わかりました」と答えてそのまま電話を切った。

ところが、それから程なくして、その従姉の妹が激怒しているということが私の耳に入った。墓を掘り起こす作業について私が連絡しなかったからだという。

確かに、その怒っている従姉の本籍が私の実家になっていることを私は本人から聞かされたことがあった。しかしその当時もまだ彼女の本籍がまだ私の実家になっているのかどうかについては、彼女は語らなかった。彼女は中学校卒業と同時に県外に出ていった。それ以来50年間、私は彼女と会ったこともなければ電話で話したこともなかった。彼女が私の実家の墓参りに来たことがあるといったことも聞いたことがなかった。だから、四国を離れて遠くに住んでいるその従姉に墓を掘り起こす作業に立ち会ってもらうといったことは全く考えもしなかった。

そんなことがあって以来、私はその従姉と再び疎遠になった。ただ、東京で墓が完成したならばそれを彼女に知らせようとは思っていた。

東京の墓が完成したのは翌年(2014年)の3月であった。私は完成したばかりの墓石を写真に撮り、彼女に送った。ところが残念なことに、私が送った写真は見られないという返事が届いた。私は写真を圧縮し、再度彼女に送った。しかし、やはり写真は見られなかった。何度も写真の圧縮を繰り返しては彼女に送ってみたが、その写真は見られないということであった。

私は彼女の携帯電話はスマートフォンなのかどうかをメッセージで尋ねた。彼女からはガラケイだという返事が届いた。スマートフォンとガラケイとの間では写真のやりとりができないのだろうと思った私は、「なら、見られないかもしれない」とメッセージを送った。

そうしたところ、彼女から突然、激しい文面の写真が届いた。「わるかったな。どうせ私は貧乏人だからスマートフォンは買えんわ。金がないから自宅のインターネット回線も解約した」という文面であった。私は単にスマートフォンとガラケイとの間には規格の違いがあるのでないかと言っただけであった。しかし、彼女からはもう返事はなかった。

以来、彼女は親しい人に対して私を目の敵にする発言を繰り返しているという。

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