2021年8月27日金曜日

紙芝居

昨日、あるエッセイを読んでいたところ、「紙芝居」という言葉が出てきた。紙芝居。永く忘れていた。

思い出は私が小学校一年生の頃に遡る。保育園に通っていたときには、保母さんがよく紙芝居を観せてくれた。観せてもらった紙芝居の内容は何も憶えていない。ただ、とても楽しかったことだけは記憶に残っている。紙芝居が終わるたびに、いつも「次はいつまた紙芝居を観せてくれるだろうか」と思った。

小学校に入学しても紙芝居が観られるものと無意識に思っていた。ところが待てども待てども紙芝居の時間はなかった。物足りなく感じた。小学校一年生の頃はずっと紙芝居を観せてもらうのを心待ちにしていたように思う。

今の子供たちは紙芝居という言葉すら知らないかもしれない。

2021年8月11日水曜日

無葬社会

2日かけて「無葬社会」(鵜飼秀徳著、日経BP社)を読み終えた。この本は2年ほど前に自宅近くの書店で買ったが、冒頭の部分だけを読んだ後、書斎の本棚の中で眠っていた。軽井沢で時間があれば読もうと思って持ってきておいた。

東京と高知とを往復しながら両親を介護していたとき、私が願っていたことは、両親には尊厳ある死を迎えさせたいということであった。この世に生まれてきてよかったと思って死んでもらいたいと強く願った。

しかし私のその願いは、私に姉と姉の長女によって破壊された。

亡くなった両親が生き返ることはない。姉と姉の長女に対する私の憎しみは生涯消えないだろうと思う。

2021年8月9日月曜日

軽井沢において

4日前の8月5日に軽井沢に出かけてきた。今年は8月16日まで軽井沢に滞在する予定である。8月7日は母親の命日。8月12日は日航機墜落事故が起きた日。母親が自宅で倒れ救急車で病院に救急搬送されたのも8月12日であった。母親は結局、一度も退院できぬまま2年後に亡くなった。

両親とも亡くなった今、私がいつも考えるのは、両親は生前、幸せだっただろうかということである。両親は夫婦喧嘩が絶えなかった。すざまじい喧嘩であった。父親はすぐに暴力を振るった。母親の顔がアザだらけになったこともたびたびあった。

既に書いたことがあるが、母親が救急車で搬送される2週間ほど前に母親に尋ねたことがある。なぜ離婚しなかったのかと。母親は2つ理由を挙げた。この2つの理由も既に書いた。

私が死んだ後、私の一人息子が考えることもほぼ同じであろう。父親である私は幸せな人生を送ったであろうかと。