2008年4月12日土曜日

縁遠い女性

つい数日前のことである。昼休みに職場で立ち話をした女性の知人から彼女の友人の縁談のお世話を頼まれた。一人は35歳の女性。以前はスチュワーデスであったが、今は外資系の企業の役員秘書をしているという。もう一人は31歳。現役のスチュワーデス。二人とも仕事の性質上海外経験が多いので、相手の男性も商社マンか医師がいいという。

その晩、私は早速心当たりを探してみた。2人の男性を知人に紹介してもらった。ただ、その2人の男性の性格や社会的ステータスを考えると、まず女性の側から身上書を預かった方が適切だと考えた。私自身もそれらの女性とは面識がないのだ。そこで私に紹介を依頼した女性にその旨を伝えた。

ところが、ところが、である。彼女が返してきた言葉は私をびっくり仰天させるものであった。その男性たちの写真を見せろと彼女は私に言ったのだ。彼女自身も以前はスチュワーデスであったが、彼女の価値も推して知るべし。今の30代女性の異常感覚を垣間みた気がした。

2人の独身女性は社会的に高いステータスの男性を結婚相手として望んでいるという。ならば、自分自身がどれだけ社会的マナーを身につけ教養があるのかをまず示すのが先であろう。そして彼女たちが「ステータスが高い」と思う男性とつりあうだけの価値を持った女性であることをアピールすべきであろう。彼女たちは社会に出て既に10年あるいはそれ以上経っているのだ。その間の人間的な成長を証明するひとつの手段として私は彼女たちに身上書を渡してくれるようにと依頼したのだ。しかし私が知りたいのは、身上書に書かれた彼女たちの学歴でも、家柄でも、職業でも、年収でもない。「今の」彼女たちの真の価値だ。身上書を巡るやりとりのなかで見える彼女たちの人柄や教養、マナー、そして価値観である。加えて、彼女たちに紹介しようと考えている2人の男性から私は独身女性の紹介を頼まれたわけでもない。私の側からその2人の男性にお願いしなければならないのだ。私とすら面識がない縁談を依頼してきた女性側が身上書も提出しないまま、逆に男性の写真をまず見せろという感覚が私には理解できない。いや、そんな非常識を理解しようとも思わない。

世の男性よ、職業や肩書きでしか男の価値を測れない女性を叱れ!

文旦

文旦は土佐の特産品だ。毎年2月か3月になると高知に住む両親からこの文旦が送られてくる。家内も息子もこの文旦が大好きで、私が職場から帰宅するたびに文旦が1個2個と減っており、私はほとんど口にできないままなくなってしまう。

3年前からは中学・高校時代の友人も毎年文旦を送ってくれる。彼が送ってくれる文旦は彼の自宅で栽培している文旦だ。少し皮は厚いが味は最高。それに無農薬。あまりに美味しいので、今年は日頃お世話になっている方々にも送ってもらった。

ただ、彼からこの文旦が届くたびに私は少し寂しい気分に捕われる。彼のお母様が交通事故で急死したとの連絡を受けた晩のことを思い出すからだ。

彼のお母様は3年前に亡くなった。亡くなるその日、お母様はお父様が運転する車の助手席に乗って高知市内に買い物に出かけた。事故が起きたのはその帰り道であった。運転中、お父様の運転する車がセンターラインをオーバーし対向車と正面衝突した。私の実家から3キロほど離れた場所であった。お母様は即死。お父様も重傷を負った。いまも自由には動けない身である。

お母様が亡くなったことを入院中の病院で知った彼のお父様は嘆き悲しみ、「自殺したい」とベッドで泣き叫んだという。彼は1か月間ほどお父様につきっきりであった。彼から電話を受けたのは事故から数日後であった。夜10時頃、暗くなった病院の片隅から電話をかけてきた。

彼は冷静に事故の模様を私に語った。そして、父親は急に目の前が真っ暗になったと言っている。それは嘘ではないと思われるが、そのようなことがなぜ起きたのか医学的に説明できないかと私に尋ねた。彼のお父様は不整脈があった。私は、医師の立場から私の推察を述べた。私が述べたことも少しは役立ったのであろうか。彼のお父様は不起訴処分になった。

お母様が亡くなって以来、彼は2週間に1回、週末を利用して名古屋から高知に帰る。そして身体の不自由なお父様を介護するとともに農作業をする。この週末も彼は高知で農作業をしているというメールを昨日彼から受け取った。

彼からはたびたびメールをもらうが、いつも母親を失った悲しみが溢れている。高知空港に降り立つと彼は母親の死から3年経った今も寂しくて仕方がなくなるという。「もんたかえ」(帰ったかね)と言って出迎えてくれるご両親の姿がないからだ。彼はバスや汽車を乗り継いで空港から一人で自宅に向かう。

私の母親は慢性関節リウマチと骨粗鬆症があり、自宅で転倒してからは腰痛のため歩くことができない。そんな母親を父親が介護している。そうであっても両親が揃っている私がうらやましいと彼は言う。

「俺は一生親孝行をするぞ!」

以前彼からもらったメールにはそう書かれていた。彼の2人のお嬢さんは今年揃って就職した。あと一人ご長男が独立できるめどが立てば、現在勤めている会社を辞めて高知の実家に帰るという。お父様の面倒をみるためである。

彼から私の自宅に文旦が届けられるたびに家内と息子は喜ぶ。それは彼も望んでいることであろう。しかし私の心情はそう単純ではない。ただ、私は私の悲しみを自分の家族に知ってもらいたいとも理解してもらいたいとも思わない。家族にはただ文旦の味覚を楽しんでもらえればいい。