2012年3月3日土曜日

二人の天使

きょうは土曜日である。息子は私が目を覚ます前に学校に出かけた。私はいま、リビングのテーブルに座り、家内と二人でのんびりとコーヒーを飲んでいる。ステレオから「二人の天使」が流れてくる。

「二人の天使」を聴くたびに私はある女性を思い出す。私が通った中学校・高校の同期生である。彼女と同じクラスになることは一度もなかった。

彼女と初めて話したのは、私が大学2年生の頃ではなかったかと思う。彼女は都内にある某女子大学に通っていた。彼女を私に紹介したのは私と同じ大学の経済学部に通っていた彼女の友人であった。女性二人は高校のクラスメートであった。

今、友達に異性を紹介するということは、交際を前提としたものになるのかもしれない。しかし当時はそうではなかった。私たち3人は、単に懐かしい同級生として何回かいっしょに食事をする程度であった。

しかし何がきっかけであったのかは記憶にないが、女子大に通うその女性と二人きりで会ったことがあった。場所は彼女の下宿先に近い上野公園であったように思う。彼女は私のためにお弁当を作ってきてくれた。いま振り返れば立派な「デート」であった。しかし当時の私にはそのような意識はなかった。彼女も東大生とつきあっていると私に話した。

彼女と二人きりで会ったことがそのあとあったかどうかは記憶にない。一度か二度はあったかもしれない。ただ、私が彼女の下宿に何度か電話したことはあった。

いつごろであったであろうか。突然、彼女と連絡がとれなくなった。電話をかけても出ない。そのうち、私は彼女のことをすっかり忘れてしまった。

それから何年か経って私が大学を卒業し、研修医として国立栃木病院に勤め始めたころ、突然、一通の手紙が届いた。差出人はその女性であった。どのようにして私の所在を突き止めたのかはその手紙に書かれていたのかもしれないが、記憶にない。

彼女は高知の実家に戻り、交際を続けていた東大生が大学を卒業して別の大学の医学部に入り直すのを待っていると書かれていた。

彼女からは1〜2か月に1回程度、手紙が届いた。手紙に書かれている内容はほとんど、その恋人の医学部入学をひたすら願う彼女の心情と彼女自身の近況であった。

そんな手紙のなかの一通に次のようなことが書かれていた。「私が、國弘さんではなく、○○さんを選んだのは、彼の方が國弘さんよりも頭がいいと思ったからです。」

(合点がいった。彼女と連絡がとれなくなったとき、彼女は彼と同棲を始めたのだ。)

「○○さん」という男性は、予備校に通っていたころの私を知っていたらしい。そして折に触れて、彼の方が私よりも予備校での成績がよかったと彼女に話していたようだ。

私は彼を知らないから彼の言っていたことが正しかったのか誤っていたのかはわからない。そんなことはどうでもよかった。ただ、彼の心は手に取るようにわかった。

今ならば、「彼女は私に気があるのではないか」と考えたであろう。しかし当時の私はそんなことは全く考えもしなかった。「彼女というのは試験の点数で人間の価値を判断する女性なのだ」と感じ、単に不愉快に思っただけであった。

彼女と最後に会ったのは、28歳の頃ではなかったかと思う。私が帰省したときであった。彼女はそのときもまた同じ言葉を繰り返した。

彼女を車に乗せ、彼女の自宅に送り届ける途中、私は彼女に厳しい言葉を吐いた。「君は女性として幸せになれないんじゃない?」

車の中での二人の会話はそれで途絶えた。

彼女を自宅のそばで降ろすと、彼女は後ろを振り返って私に挨拶することもなく自宅に向かって坂道を上っていった。

彼女はそれから間もなく結婚した。しかし、その男性とではなかった。

彼女の所在は同級生も知らない。同窓会に出席してくることもないらしい。

この彼女が一番好きな曲だと私に話したのが、さっきまで流れていた「二人の天使」であった。

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