2008年3月23日日曜日

恥ずかしい記憶

誰でもひとつやふたつ二度と思い出したくない恥ずかしい記憶があるであろう。これから私が書こうとしていることもそんな思い出である。

私の医師1年目のことであった。研修医になったばかりの私を大先輩(当時、専任講師)が食事に連れて行ってくれた。場所は記憶にないが居酒屋風の店であった。ただし案内されたのは個室(座敷)であった。

その大先輩と私と2人で食事するわけではないことを席に着いたあと私は初めて聞かされた。私たちが雑談を交わしながらお酒を飲み始めた直後、ふすまがすっと開き、2人の女性が現れた。一人は年齢50歳程度、もう一人はうら若い色白の女性であった。その若い女性は鮮やかなブルーのスーツを着ていた。(彼女はブーツを履いていたので、この出来事は秋頃のことであったのかもしれない。)黒髪の美しい色白の美人であった。当時まだうぶであった私はまばゆいばかりのその美しさにどぎまぎしたのであろう、彼女を顔を正視することができなかった。したがって面長で色白の美人という印象しか残っていない。

その若い女性は私と同じ病院に勤務する薬剤師であるということであった。そして50歳前後と思われた女性は彼女の上司であった。私の大先輩とは親友であるらしかった。

その若い女性と私とはほとんど聞き役であった。彼女を意識したという理由だけではなかったが、緊張して私はほとんど口を開くことがなかった。彼女も同様にじっと大先輩2人の話に耳を傾けていた。私の大先輩と彼女の上司とはずっと前からの知人であったようだ。実に楽しそうに話をしていた。が...。

毎日忙しい研修医生活を送っていた私は少しお酒が入ったこともあって急に睡魔に襲われた。そしていつしか眠ってしまった。

「おい、起きろ! 帰るぞ」

という大先輩の声で私は目覚めた。1時間以上眠っていたのであろうか。

ところがである。私はなんと口角から少し涎を垂らしていたのだ。気づかない振りをしながら手でその涎を拭った。その若い女性は気づいてか気づかずか私の方をじっと見ることはなかった。表情も変えなかった。しかしすでに後の祭りであった。

いま振り返ると、あれはやはり非公式なお見合いであったと思う。

「私の部下にとてもいいお嬢さんがいるんだけど、お婿さんに誰かいい男性はいない?」

「おお、そうか。じゃあ、今度食事するときにうちの若いのをひとり連れて行くよ」

そんな話のなかでセッティングされた場であったに違いない。

上品でスタイルのいいうら若い女性。そして鮮やかなブルーのスーツ。今も鮮明に記憶に残っている。

これらと私の涎とを結びつけるものは単に単に恥ずかしさだけである。懺悔

(この話はすべて事実である。作り話ではない。またこの話に出てくる大先輩は後々まで私をかわいがってくれた。この大先輩は私の留学中に亡くなった。15年前のことである。留学前にこの大先輩の病室を訪れたとき、倒れる直前にこの大先輩が私のことをとても心配してくださっていたことを奥様から聞かされた。その話を聞き、私は病室の前の廊下で泣き崩れた。大粒の涙を流しながら大声で泣いた。奥様もいっしょに泣いていた。生涯忘れることのできない悲しい出来事であった。私がこの大先輩の墓参にでかけたのは3周忌のときであった。私はかけがえのない心の支えを失ったことに気づかされた。大きな支えを失ったのは奥様だけではなかった。)

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