2009年10月12日月曜日

小さな思い出

私は小学校入学前、2年間、保育園に通った。私が保育園に通っている時期、一人の男の子が同じ保育園に入ってきた。彼は、母、姉と3人で私の住む田舎に引っ越してきたのだ。両親が離婚したためと人づてに聞いた。彼の母も同じ保育園に勤務するようになった。彼女は、私たちの通う保育園で私たちの給食をつくってくれた。

私たちは同じ、地元の公立小学校に進学した。私たちの学年の児童ははわずか45人。それでも2クラスに分かれた。彼と私とは同じクラスになった。

2年生のときであった。いや、1年生のときであったかもしれない。彼の母が交通事故に遭って亡くなった。私たちが通っていた保育園のすぐ近くの国道で自動車にひかれたのだ。彼はしばらく学校を休んだ。担任の先生から、彼が高知市内の小学校に転校することになったことを知らされた。

彼が転校していく日、彼は朝から学校に出てきた。教室では彼とのささやかなお別れの会が開かれた。その会が終わると彼はお昼前に帰宅していった。私たちは彼を学校の正門で見送った。ランドセルを背負った彼は、何度も私たちの方を振り返りながら笑顔を見せ、手を振った。私たちも競って手を振った。まだ子供であった私にも、彼の笑顔は痛々しく感じられた。彼は母と死別し、仲良くなったクラスメートとも別れていくのだ。彼は父親に引き取られることになっていた。しかし彼が一緒に暮らすことになる父との生活は、母との生活と比べれば、ずっと寂しいものになるであろう。なぜ彼は笑顔を見せられるのだろうと私は不思議に思った。

私が手を振りながらふっと左側を振り返ると、担任の先生がじっと彼の方を見つめながらハンカチを顔にあて、涙ぐんでいるのに気がついた。担任の先生はずっと無言であった。

彼を見送った後、私たちは教室に戻った。担任の先生はもう泣いてはいなかった。私たちは、その日の午後、いつもと変わらぬ授業を受け、帰宅した。その後、彼の思い出話が私たちの間で話題にのぼることはなかった。担任の先生も彼のことを口にすることはなかった。

彼とは2度か3度、手紙のやり取りをした。その後、彼との接触は途絶えた。

40数年前のことである。

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