2009年9月24日木曜日

映画

私は20年以上前から映画館に足を運んだことがない。映画館には行かないと決めているわけではない。ただ、よほどの差し迫った理由がなければ今後も私が映画館で映画を観ることはないように感じる。

今朝、出勤途中、このことについて、何故なのだろうと、いろいろ考えてみた。

私の頭にまず浮かんだのは、私が生まれ育った田舎にあった小さな映画館であった。その映画館は私の実家から2キロほど離れた場所にあった。映画館というよりもむしろ掘建て小屋と表現した方が適切と思えるような今にも倒壊しそうな木造の古い建物であった。その映画館では時々いろいろな映画が上映されていた。

私もその映画館で何度か映画を観る機会があった。すべて、当時はやっていた怪獣映画であった。ゴジラだとかモスラだとか、私の年代の男性にとってはとても懐かしい怪獣映画ばかりであった。大魔神の映画もその映画館で観たことがあったが、大魔神の映画を思い出すと、いまでも背筋が寒くなるような恐怖感に襲われる。

それらの映画を私が観ることができたのは、当時、その映画館の主が営業していた米屋に勤めていた私の実家の隣のおじさんが私に無料チケットをくれたためであった。親からもらった小遣いでその映画館を訪れたことは一度もなかった。

当時、私の家は貧しかった。我が家は貧しいのだと親からも言い聞かされた。私が生まれたのは昭和30年代初頭。まだ第二次世界大戦から10年あまりしか経っていなかった。いま振り返れば、当時は日本全体が貧しかった時期ではなかったかと思う。しかし当時の私は、貧しいのは我が家だけであると無意識のうちに思い込んでいた。こんな私にとって、自分の小遣いで映画館に行くなどということは夢の夢であった。

その映画館に入ると、壁の隙間から日光が差し込んできた。その光を見ると、映画館にはもうもうとほこりが立ちこめているのがわかった。それだけで私は息苦しくなるような気がした。

映画の上映はたびたび中断された。フィルムがところどころで切れていたのだ。上映が中断されると同時にガシャガシャという音が聞こえてきた。2〜3回の中断はいつものことであった。

映画館から出てくると外はまだ明るい。そのまぶしさに耐えかねて私はしばらくじっと眼を閉じてうずくまった。そのとき、いつも私は車酔いのような吐き気と頭痛を覚えた。動く画面を長時間観ていたために起きた動揺病であったのだろうと思う。

チケットをくれた実家の隣のおじさんにはとても感謝した。次はいつまたチケットをくれるだろうかと私はいつも心待ちにしていた。しかしその一方で、映画館とは不潔で空気の汚い場所であるという先入観が私のなかにできていった。映画館を出た後の気分の悪さも手伝って、私は映画館という場所に対する親しみを徐々に失っていった。映画館は当時の我が家の貧しさを私の心の中で引き立たせるひとつの象徴でもあった。

いまの映画館の中がどのようになっているのか私にはわからない。おそらく、とても換気がよく、かつ清潔であろう。しかし、当時の貧しい生活から這い上がってきた今でも映画館に足を運ぼうという気にはならない。映画館の外にでた後の頭痛と吐き気はいまも生々しい記憶である。加えて、今の私はテレビや映画のドラマに全く関心がない。

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