2018年6月9日土曜日

人を動かすもの 1

人の行動を支配するのは嫉妬と憎しみであると主張する人がいる。この考えもあながち間違っていないと実姉との確執の過程で感じた。私の姉の行動を支配しているのは、まさに嫉妬と憎しみであるように思う。

ただ、嫉妬と憎悪に狂っている人が客観的に見て不幸かといえばそうではないことが多い。私の目には、姉も客観的には人並み以上に幸せな環境の中で生きてきたのではないかと映る。姉は長年病気を患っており、「床に伏していることが多い」と姉本人から聞かされたことがあるが、その病は自ら引き寄せたものである。

確かに、これまでの姉の人生の中で不幸な出来事がなかったわけではない。一番不幸だったのは、両親の不和である。父親は他人に対しては実に温和であった。父親が家族以外の者に対して声を荒だてたり暴力を振るったりといったことは一度もなかった。対照的に家族には厳しかった。母親や祖母にはすぐに暴力を振るった。このことは、これまでに何度も書いた。父親の暴力に耐えかねて、私は高校2年生のときに寮生活を始めた。姉も高校を卒業して2年足らずで結婚して家を出た。ただ、高校卒業と同時に東京に出てきた私と違って、姉は嫁いだ後も両親の喧嘩を身近で見聞きせざるをえなかった。父親に殴られて顔を大きく腫らし血を流している母親が姉の嫁ぎ先に逃げてきたこともあったという。    

私が留学中には、嫁ぎ先が経営していた会社が倒産し、姉の家族は家を失って借家住まいとなった。会社が倒産した後は、嫁ぎ先の親族や自分の夫との関係も壊れがちになったという。夫とは罵り合う毎日だったようだ。私の父親も家を失った姉に対して「乞食以下である」といった言葉も投げつけたという。まだ幼かった4人の子を抱え、姉は途方にくれる毎日を送っていたことであろう。

ただ、子は必ず育つ。最小限の食べ物と親の愛情がありさえすれば十分である。子は金を食べて育つわけではない。私の両親の援助もあって、姉の4人の子は全員国立大学に進学し無事卒業した。 

姉は口を開けば父親を罵った。「早く死ね!」といった言葉も度々口にした。しかし父親が姉を悪く言う言葉を私が聞いたことは一度もなかった。父親は常に姉と姉の家族のことを心配していた。

父親が2度目の出血性脳梗塞で倒れた直後に姉と姉の長女は、私の家族との絶縁を一方的に告げてきた。姉と長女は私の母親と絶縁すると私に告げた。そしてその直後に父親と母親に対して絶縁状を送ってきた。私は直接絶縁を告げられたことはないが、実家のご近所の人に対して私とも縁を切ると告げたという。

父親は入院の8ヶ月後に亡くなった。父親が入院してから1ヶ月半後に腰椎の圧迫骨折のために入院した母親も、父親の死から1年5ヶ月後に亡くなった。この時期、私は度々帰省して両親の世話をした。土曜日の始発便で東京を発ち、月曜日の最終便で東京に戻った。いつもリッチモンドホテル高知に泊まった。このホテルの方すぐそばで日曜市が開かれる。日曜市で馴染みになった人たちと雑談を交わすのが唯一の気休めであった。高知での滞在中、姉にも姉の家族にも連絡したことは一度もなかった。

いま振り返ると、父親と母親の介護のために東京と高知とを行き来した2年あまりは私にとって貴重な体験であった。父親はほとんど意識がないように見えた。しかし少なくとも亡くなる3ヶ月前まで私がベッドサイドに来ていることに気がついていたようだ。父親が返事をすることはなかったが、私は改葬や田畑の処分状況について報告した。このときの父親との感情のやり取りはそれまで経験したことのないものであった。まもなく人生を終えようとしている父親を見つめながら、私は父親からの愛情を感じるとともに私も父親に対して心から感謝した。姉も、両親の最晩年の姿を身近で見ておくべきであった。おそらくそれまで抱いていた両親に対する憎しみも怒りも消え去り、長年の苦しみから解き放たれたであろう。親からの愛情に気づくことが姉にとって最良の薬となったはずである。

両親の最晩年の人生から目をそらした姉は立ち直る機会を自ら放棄した。放棄した最も大きな理由は、私と私の家内、特に私の家内に対する嫉妬と猜疑心であった。私と結婚後、波乱のない人生を送ってきた私の家内に対する激しい怒りであった。姉の長女と最後に話したとき、彼女の言葉の端々から姉と彼女の私の家内に対する憎しみが伝わってきた。父親が倒れたとき、父親の命が長くないと感じた姉と彼女は、私の家内に対する最後の復讐の機会だと感じたのであろう。私と私の家内に両親の介護の負担を担わせることによって復讐しようとした。大きな誤りであった。私の家内は、私の両親の介護を長男の嫁の当然の責務と考え、立派に責任を果たしてくれた。そして私と私の家内は、両親の最期を看取ったことに誇りを持つことができた。

これに対して姉が失ったものはあまりにも大きかった。





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