2021年1月4日月曜日

嫉妬

この世を動かしているエネルギーは嫉妬と憎しみであると私の知人が言ったことがある。そのことを聞いたとき、私はそのようなこともあるだろうしそうでないこともあるのではないかと思った。また、そういう人もいるかもしれないがそうでない人もいるのではないかとも思った。
 
しかし最近、嫉妬と憎しみがどれほど恐ろしいものであるのかを知った。
 
両親の最晩年に私の姉がとった行動はまさに嫉妬と憎しみそして猜疑心以外では説明がつかない。姉は元々、猜疑心が強かった。姉が人を褒めるのを聞いたことはこれまで一回しかない。それは姉の三女について話したときであった。姉の三女だけが心優しいと姉は言った。姉には4人の子がいた。その4人のうち3人は女の子であった。しかし姉はそれら3人の子の誰も褒めたことがなかった。姉が自分の子を批判するときに用いる言葉は今思い出してもへどが出そうになる。
 
姉は亡くなった父親と母親も褒めたことが一度たりとなかった。感謝の言葉を口にしたことすらなかった。私の妻の悪口を言い始めたときも際限がなかった。1時間も2時間も延々と私の家内を批判し続けた。自分(姉)の夫の批判もひどかった。あんな酷い男はいない、と夫の批判を続けた。特に、姉の夫が兄嫁を褒めることが気に入らなかったらしい。兄嫁のことも散々罵った。「会社が潰れたのに着飾ってのうのうと何一つ不自由のない生活をしている」、「カラオケに毎日のように通っている」といったような調子であった。
 
姉の夫が姉を批判したときのことも姉の口から聞かされた。姉から話を聞くと、姉の夫(つまり私の義兄)は酷い人だと思えた。しかし、義兄が時折姉に対して声を荒立てたのも当たり前でなかったかと思う。繰り返しになるが、姉は誰も褒めなかった。姉から出る言葉は悪口と愚痴だけであった。毎日他人の悪口ばかり聞かされれば、誰でもうんざりするであろう。
 
私が姉に意見すると、突然、攻撃の矛先が私に向かった。
 
父親が倒れる1〜2年前、私が年末年始に帰省した際に、父親が私と私の姉とが不仲なのを心配して「お姉(おねえ)とは仲よう(なかよく)やりゆうかえ。なかようなりよ」と何度か言った。私はそのとき、父親の意図がわからなかった。私は私と姉の関係に特段変化はないと思っていたからである。しかし、姉は両親に対してさんざん私の批判をしていたらしい。
 
姉はある人に電話をかけると他の人の悪口を言う。それの繰り返しであった。悪口のねずみ講である。
 
姉は父親と母親が相次いで入院したとき、國弘家から絶縁すると宣言した。私は両親が亡くなるまでの2年あまり、東京と高知とを往復しながら両親を介護した。仕事に多大な支障が出た。しかしこの2年間は私にとって無駄ではなかった。両親の私に対する愛情を身近に感じることができたからである。両親は間違いなく姉にも私に対すると同じように深い愛情を持ってくれていた。私はそれをひしひしと感じた。姉は両親の愛情を身をもって感じる貴重な機会を自ら閉ざした。
 
両親とも亡くなった今、姉の心は生涯救われないであろう。
 

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