私が幼い頃、同じ村に私より数歳年上の少年が住んでいた。私は彼を「ヒデ坊ちゃん」と呼んでいた。村民は「ヒデ坊」と呼んでいたように記憶している。彼には姉が2人いた。つまり彼は末っ子の長男であった。年齢が少し離れていたこともあり、私は彼と遊んだことがほとんどなかった。台風来襲の日に彼の家の納屋の屋根裏部屋に登り、紙鉄砲で遊んだことが唯一の記憶である。
彼は大人しかった。
彼は中学校を卒業すると働きに出た。何の仕事についたのか私は知らなかったが、毎朝、自宅から歩いて働きに出る彼の姿をよく見かけた。
彼が就職してどれほど経った頃だったであろうか。1年後であったか2年後であったか。ある日、同じ村に住むひとりの老人が血相を変えて私の家に駆け込んできた。そして顔を硬らせながら側にいた私の父親に向かって大声で次のように喚いた。「ヒデ坊が首を吊って死んだ!」私の父親は大慌てでその老人と一緒に彼の家に向かった。
数日後、彼の遺体は彼の自宅の裏山に埋葬された。彼の自殺の原因を詮索する村民はいなかった。彼のことは一日ごとに村民の記憶から消え去っていくように思われた。
しかし残された彼の家族の悲しみはさぞかし深かったに違いない。特に彼の両親にとっては生涯消えない深い心の傷として残ったであろう。彼の死後、彼の母親の頭髪はあっと言う間に真っ白くなった。
彼の家は彼の2番目の姉が家を継いだ。
彼の自殺の原因は今もわからない。若さがあればどんな苦難であっても乗り越えられるはずである。還暦を過ぎ残りの人生が短くなった私は強くそう思う。
あれから50数年が経った。
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