2015年8月17日月曜日

御巣鷹山

一昨日(2015年8月15日)に家内とふたりで御巣鷹山に登った。昨年に引き続いて二度目の登山となった。

日航機が御巣鷹山に墜落してから30年。事故が起きた当時、家内は日本航空に勤務していた。私たちが結婚したのは事故の3年後であった。結婚と同時に家内は退職した。

ごく最近まで、この事故が夫婦の間で話題にのぼることはほとんどなかった。私も家内も意識してこの話題を避けていたのかもしれない。この事故では、家内の知人も何人か亡くなった。

事故から29年経った昨年の夏、軽井沢に滞在中、初めて御巣鷹山に登ってみようかという話になった。そして車を運転し佐久・十石峠経由で御巣鷹山に向かった。しかし途中、雨のために崖崩れがおきた場所が通行止めになっており、上野村に抜けるのに難渋した。今年は下仁田経由で上野村に向かった。

駐車場はいっぱいであった。私たちは道路脇に車を停めて事故現場に向かった。すれ違う人たちは皆、「こんにちは」と私たちに声をかけた。私たちも挨拶した。この山に登る人たちは犠牲者の肉親や親族ではなくとも、共通の悲しみを抱いている仲間だと感じた。

坂を登りながら、家内は事故で亡くなった同僚の思い出を語った。

ひとりの客室乗務員の同僚は、子どもを産むために国際線から国内線に移った。その直後にこの事故のために亡くなった。別の同僚は、事故当日、出勤するのをいやがっていたという。事故の予感でもあったのであろうか。

30年経っても思い出は風化しない。親でも子でも親族でもない家内の思い出のなかで同僚はまだ生きていた。

この事故は誰の責任でもない。少なくとも私はそう思う。しかし、人が死ねばどれだけ多くの人に悲しみをもたらすのか、そしてそれらの人びとのその後の人生にどれほど大きな影響を与えるのか、これらのことについては息子にも伝えておきたいと思う。

おそらく私たちは来年も御巣鷹山を訪れるであろう。次回は息子も同伴したい。



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