2007年1月20日土曜日

中土佐町久礼 その1

中土佐町久礼といえば「土佐の一本釣り」で有名になった町だ。土佐湾に面した小さな港町である。私の生家から西に20キロほど行ったところにある。

この町の海辺に私の伯父が生前住んでいた。祖父母がともに生きている頃には、私は祖父母に連れられてよく伯父の家を訪ねた。私の生家から中土佐町久礼に行くには須崎駅から汽車に乗らなければならなかった。汽車は私にとってとても不思議な乗り物であった。と同時に、とてもこわい乗り物であった。ホームから汽車との間は大きくひらいていた。その隙間に落ちるのではないかという恐怖感に汽車に乗るたびに襲われた。

私の家と同様に伯父も貧乏暮らしであった。マッチ箱のような小さい平屋に伯父夫婦と子供3人がひしめきあうようにして住んでいた。堤防のすぐ側にあるその家は、台風が来るたびに浸水した。しかし堤防越しに眺める土佐湾の景色は美しく、また雄大であった。私は、この堤防にもたれかかりながら、伯父にいろいろな話を聞かせてもらった。

伯父は私の父とは対照的に、とても温厚な人であった。学校での成績も私の父よりもよかったと聞かされていた。

今でもはっきり憶えているのは、海から陸へと吹いてくる強い風に髪をなびかせながら、私が伯父に「なぜ、風邪が吹くの?」と尋ねたときのことだ。私はまだ4歳か5歳であった。2〜3秒間、間をおいて、伯父はゆっくりと説明し始めた。

「あるところに空気のない箇所ができる。その空気のなくなった場所に向かって空気が流れていくのが風だよ」と伯父は話した。

私は恐怖に襲われた。もし今自分が立っている場所の空気がなくなったら、息ができなくなってしまうのではと思ったのだ。ばかげた想像であった。しかしまだ幼く何の科学的知識もない当時の私は怖くてしかたなくなった。

私は黙ったまま堤防脇の階段を降りて伯父の家に戻った。

このときの恐怖感は40数年経った今でも、当時の伯父の姿とともに、鮮明に蘇ってくる。

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